ディフェンスラインを上げろ! @ 作業興奮だ!

ディフェンスラインを上げろ!というタイトルですが、このブログのテーマは、サッカーではありません。私がディフェンスラインを上げろ!と言っているのは、個人や組織の能力の底上げを意味しています。天才ならともかく、凡人は、特定の能力を高めるよりも、汎用性の高い能力の底上げが大切です。この考え方は、私たち一人ひとりの人生にも、組織の運営にも、必要な意識をもたらすものだと信じています。

美原1号公園の桜

千葉県 流山市にある美原1号公園は、
近所の子供たちが遊ぶ、普通の公園なのですが…
上野なんかに行かなくても良いと思う程、
とっても立派な桜があります。
でも、何故か、花見をしている人がいない…

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縞子とBelle

KAKAPO家のネコが見たい(・・?というリクエストをいただいたので(^▽^)/
縞ちゃんは、3年ぐらい前(若い頃、現在6歳、美貌は衰えていない?)
Belleは、今年になってから…若さ爆発!ではつらつとしている(?_?)

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誰も教えてくれない人を動かす文章術


プロローグより・・・文章は何のために書くのか?
本書で設定してる答えは、これです。
文章は人を動かすために書く!
言葉には人の心に働きかけ、動かす力があります。

本文より・・・文章を書くために必要なのは、「文章力」や「国語力」でも、日本語のセンスでもありません。何より必要なのは、「意味」をつかみ取る力です。文章の結論には、発見が必要です。私たちが目指す文章は、凡庸に流れてはなりません。自分の認識や発見をもっともっと込めるべきなのです。・・・
――
タイトルは「誰も教えてくれない人を動かす文章術」なんですけど、やっぱり、文章を書くために必要なのは「1.書きたいこと、2.書かなければならないこと、3.読み手が期待していること」だと思います。文章の魅力は、その3項目がどれだけ魅力的かにかかっているのだと思います。
小論文を書かなければならないからと言って、文章力・国語力を磨くだけでは、魅力的な小論文が書けるようにはならないでしょう。むしろ、さまざまなことに興味を持って、その中から自分のアイデンティティ(自分が何者であるか)を形成しようともがき、その過程で出会った出来ごとの中から、人に伝えたいことが出て来たとき、魅力的な文章が書けるのではないでしょうか?

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手放すほど、豊かになる


 ●「人は人、自分は自分」と悟る。●自分にないものを求めない。●いまあるものを大切にする。●自分のことは、自分で決める。ということは「手放すほど自由になるれる」ってことなのかもしれませんね。

 「何もない」ところに「安らぎ」が生まれる。モノを大切にする心は、自分を大切にする心。「大らかな心」をもちたいのであれば、必要なモノを極力、我が家から捨て去るのがよいのです。モノの数を少なくして、自分の周りをシンプルな状態にし、広い空間を作り出します。簡素な生活を心掛けて、心を豊かにしていく。簡素こそ安らぎであり、寛ぎです。心の安らぎを得たければ、むしろよけいなモノを「手放す」のがよいのです。よけいなモノを求めないことです。いま手元にある、必要最低限のモノを、いつまでも大切にする心にもつながります。

 「必要最低限のモノをいつまでも大切にする心が、自分を大切にする心をはぐくむ。」という教示は、とても静かなものですが、多くのモノに囲まれながら心から気に入ったものがない、自分自身どころか家族すら大切にできていない、今の自分に対して、インパクトがありました。さて、どこから手をつけようかな(;^_^A ・・・

 「手放さなければならないのは、むしろ“こだわりの心”のほうなのかもしれません。“執着のスパイラル現象”を起こすと、必要のないモノが溜まっていき、置き場所に困るほどだ―」私の場合は、不安に起因する執着ですね。より多くを得たいというよりも、どちらかというと、失いたくない。という感情でしょうか?誰しも最後は命をも失うわけですから、モノに執着してもしかたがないと、頭では理解しているはずなのですが……

 こだわり、とらわれは、自分の可能性を制限してしまうだけではなく、相手との人間関係も閉ざしてしまいそうです。こだわり、とらわれを手放し、相手の言葉だけではなく、自分の声に耳を傾けることが大切です。

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わかりあえないことから

 紀伊國屋書店に、表紙をこちらに向けて陳列されていることの多い、平田オリザさんの本…裏表紙の写真の風貌から、手に入れることを躊躇していましたが、特に後半が期待を超える内容で、気付きをいただきました。


 最近、私自身も薄々感づいていたことですが…コミュニケーション能力とは、コンテクストを共有していない者同士が、相手の立場を理解して(理解しようと努力して)、相手が上手く表現できない"本当に求めているモノ(言霊)"を、提供できる(提供しようと努力する)ことなのではないでしょうか?。「多くの市民は、役割を無理して演じることを自分の人生として受け入れ、楽しさと苦しさを同居させながら人生を生きている。」という捉え方は、平野啓一郎さんの「分人」に通じる考え方です。私たちは"役割を演じること"を恥じる必要はありません。


 この本は、企業でマネジメントに携わる人たちに読んで欲しい内容でした。決めつけてはいけませんが、そのような人たち程、「自分と相手(部下たち)のコンテクストが違うかもしれない、だから、解り合えないのかもしれない。」という疑問の持ち方ができず、相手に対して自分の価値観を理解することを求めてしまいがちだと思うからです。違うコンテクストを理解しあい、その中でお互いのパフォーマンスを発揮する方法がきっとあるはずです。


 この本にも、ダブルバインドという言葉が出てきます。ダブルバインドは、親から子へだけではなく、組織(上司)から構成員(部下)へも示されます。本来であれば、子や部下のクリエーティビティーを育み、パフォーマンスに繋げていかなければならないはずの家庭や組織で、クリエーティビティは、摘み取られたり、踏みにじられたり、しているのかもしれませんね。

わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書)
わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書)
講談社

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