ブッダに学び、解脱を目指す。

「ディフェンスラインを上げろ!」というタイトルから、「ブッダに学び、解脱を目指す。」というタイトルに変更しました。私の関心が、仕事から人生へと変わったからです。とは言っても、このブログのテーマは、仏教ではありません。自分が幸せになるために、他の人たちにも幸せになっていただくために、釈尊に始まる仏教の智慧、哲学のアプローチ、心理学の知識を学び、活用していきたいと思います。

「働きたくない」というあなたへ


・就職は、社会と自分と「へその緒」で結ぶ行為であり、就活は、自分の次なる「居場所」の設計図を引くような行為だ。

 ズーニーさんは、問う「働きたくない」というあなたは「自由」をどうやって手に入れる(つもりな)のだろう?自分の次なる「居場所」は、どう(やって手に入れようと)考えているのだろう?と。

 ズーニーさんは、語る。就職は、社会と自分と「へその緒」で結ぶ行為であり、就活は、自分の次なる「居場所」の設計図を引くような行為だ。「へその緒」からは、社会からの信頼だったり、愛情であったり、必要とされている感だったり、役立ち感だったり、情報だったり、知恵だったり、収入だけではない、生きていくための養分がたくさん注がれている、と。

「働く」ということは、少なくとも、その仕事については、プロであることを求められます。

 雇い主や顧客からの要求や期待だけではなく、仕事には、必ず立場に応じた責任が伴います。そして、当然のことながら、報酬が高い仕事ほど、自己裁量は広くなりますが、その分だけ責任が重くなり、責任が軽い仕事は、自己裁量が与えられず、報酬が低くなるわけです。

 働きたくないってことは、割が合わないことはやりたくないってこのなのかもしれませんが、割の合わないことを避けることが、最も割の合わないことに繋がるのです。
×

非ログインユーザーとして返信する