ディフェンスラインを上げろ! @ 作業興奮だ!

ディフェンスラインを上げろ!というタイトルですが、このブログのテーマは、サッカーではありません。私がディフェンスラインを上げろ!と言っているのは、個人や組織の能力の底上げを意味しています。天才ならともかく、凡人は、特定の能力を高めるよりも、汎用性の高い能力の底上げが大切です。この考え方は、私たち一人ひとりの人生にも、組織の運営にも、必要な意識をもたらすものだと信じています。

道しるべとしての仏教

 仏教は、キリスト教やイスラム教よりも、むしろ哲学に近い概念の美しい「所作」が教えてくれる幸せの基本ような気がしています。誰かが考えた神話を盲目的に信じるのではなく、人間を観察した結果から得られた智慧が時代に磨かれ精製された、そんなところも哲学に近いのではないかと…

入門 哲学としての仏教 (講談社現代新書)
入門 哲学としての仏教 (講談社現代新書)
講談社

 所作が美しい人と言えば、お坊さんですが、皇室の方々の所作も美しいですよね。そこに共通するのは、ゆっくりとした丁寧な動作が醸し出す優雅さなのではないかと思うのですが、その逆の、急で雑な動作からは、どうしても、その人の苛立ちを感じてしまいますよね。

美しい「所作」が教えてくれる幸せの基本 (幻冬舎文庫)
美しい「所作」が教えてくれる幸せの基本 (幻冬舎文庫)
幻冬舎
2017-04-11

「悟る」というのは、どのような状態なのでしょうか? 私は、良いことが限りなく無意識で出来る状態なのではないかと思います。そうなるために、初期仏教では、意識でコントロールできる動作を、徹底的に意識的に行うことを「行」としているのでしょう。

悟らなくたって、いいじゃないか 普通の人のための仏教・瞑想入門 (幻冬舎新書)
悟らなくたって、いいじゃないか 普通の人のための仏教・瞑想入門 (幻冬舎新書)
幻冬舎
2016-10-28

 もう一つ「悟り」の在り方は、相手の気持ちが見えるということなのではないでしょうか、自分の言動に、言葉にならない相手の反応が表れ、それを感じられるということなのだと思います。一方的に自分の言いたいことを話すのではなく、相手の反応を感じながら、踏み込んだり引いたり自在にできるような状態です。

解脱寸前 究極の悟りへの道 (幻冬舎新書)
解脱寸前 究極の悟りへの道 (幻冬舎新書)
幻冬舎
2018-11-30


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