マチネの終わりに
私たちは、それぞれ異なる背景を背負っており、だからこそ言葉だけで気持ちを通い合わせることは難しいですよね。でも、もし、この人、私の言っていることを理解してくれている、共感してくれている、と感じられる異性と出逢ってしまったとしたら、そりゃもう、当然、恋に落ちてしまうことでしょう。
- マチネの終わりに(文庫版) (コルク)
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クラシック・ギタリストの蒔野聡史は、2006年の最終公演を終えた夜、レコード会社の担当者が同伴した小峰洋子と出逢う。洋子は、国際ジャーナリストで、蒔野が高校生だった20年前「パリ国際ギター・コンクールで彼が優勝した演奏を聴いた」と話す。打ち上げで他愛のない会話を交わす内に、この夜は二人にとって特別な物語の始まりになる……。
二人の主人公には、モデルがいるらしいが、まるで平野さんご自身が、登場人物達の人生を経験したかのように、異性である女性の気持ちも含めて、繊細かつ大胆に描き分けられていて、リアリティが凄い。
私が、平野啓一郎という作家を知ったのは、小説ではなく『私とは何か――「個人」から「分人」へ』という、心理学のような本を読んだことがきっかけでした。
その後『自由のこれから』を読んで「小説家なのにアカデミックな方だな」と気にしていたのですけれども、今回ようやく小説を手にする機会が訪れたのです。登場人物は、ハイブロウな人たちで、使われている語彙も難解なのですが、それが知識をひけらかすような嫌味な感じになっていないのは、平野啓一郎さんの教養や学識が本物だからだと思います。
この作品、ちょっと敷居が高くて、玄関で靴を脱ぐまでに時間がかかるのですが、一旦、居間に通されるともう読むことを止めることが難しくなります。回りくどい説明ですが、私のコメントを見てくださるような奇特な方には、是非、読んで欲しい作品です。
この物語の主題は、恋愛なのでしょうけれども、相手との間に出現する自分自身の「分人」を愛せるかどうか、という平野啓一郎さんならではの視点からの問いに独自性が感じられます。主人公の蒔野と洋子は、自分の気持ちを客観的に見つめる力があり、自分を抑制することで、相手は掴んだ幸せを守ろうするシーンは、痛々しくもありました。
愛って、相手の話を聴きたい、自分の話を聞いてもらいたいという形もあるんですね。
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