ディフェンスラインを上げろ! @ 作業興奮だ!

ディフェンスラインを上げろ!というタイトルですが、このブログのテーマは、サッカーではありません。私がディフェンスラインを上げろ!と言っているのは、個人や組織の能力の底上げを意味しています。天才ならともかく、凡人は、特定の能力を高めるよりも、汎用性の高い能力の底上げが大切です。この考え方は、私たち一人ひとりの人生にも、組織の運営にも、必要な意識をもたらすものだと信じています。

臨機応答・変問自在

臨機応答・変問自在―森助教授VS理系大学生 (集英社新書)/集英社

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 森さんが助教授だった頃、学生を彼らからの質問で評価していたらしい、とても難しそうだし、大変そうだ。そのような配慮にどれぐらい手間がかかり、どれぐらい効果が得らたのか、そっちの方も気になる。


 確かに「試験で学生を評価する」という当たり前の方法は「学んだことを憶えているか否か」ということは確認できても、学生たちが社会に出てから出会う「自ら課題を発見する能力」を問うことはできないかもしれない。森博嗣さんはあえて面倒な方法をとることによって、学生たちに「本当に求められる能力とは」という問いを投げかけたのかもしれない。


 世の中の仕事も、生活して行くことも、人生とは、無数の選択肢から、自分がやりたいこと、やらなければならないこと、できることを選択し、それを実行していくという積み重ねだと思う。森博嗣さんは、生き抜くための力を持っているか否かを評価するべきだ。と思っていたのかもしれない。


 この本は、その質問と森さんの回答をまとめたもの。この評価方法に対する不満が噴出しているかのような質問や、大学生ってこんなに幼稚なの?と思ってしまうような質問が少なくない中で、森博嗣さんが「いい質問」と評するものも紛れていて面白い。特に最終章の「森自身に対する質問」の冒頭「教師が学生に関心を持たれることは重要かもしれない…教師は自分を演出しなければならない…」という記述があり、他人の評価を気にしていないはずの森さんのもう一つの側面が現れていて興味深い。


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なぜ、頭のいい子に限って、家ではダラダラ・ユルユルか?

PRESIDENT Online スペシャル
著者 千葉大学教育学部附属小学校教諭・松尾 英明氏より抜粋
…前略…
(3)中高生でも「大好きだよ」とぎゅっと抱きしめる
親の側にも絶対必要なメッセージがあります。それが「大好きだよ」です。
先の「抱っこ」と合わせて、ぎゅっと抱きしめて言えたら、効果倍増です。
真面目にやるのが照れくさいなら、ちょっとふざけながらでもいいです。
幼児や小学生だけでなく、中学生でも、何なら高校生でもやるとよいでしょう。
…中略…
 中高生にもなれば、塾に部活にと忙しくなり、子どもが家にいる時間は
急激に減ります。我が家がリラックスの場でなくなれば、寄りつかなく
なります。代わりに外の刺激を求めて、外泊するようにもなるかもしれません。
温かく、ゆったりとした空気が流れる我が家、自分を受け容れてくれる
我が家であれば、自然に帰ってきたくなります。 
…後略…


 いじめが原因である可能性が考えられる中高生の自殺が後を絶ちません…
誤解を恐れずに言えば、私は「人をいじめる子は幸せではない」のだと
思わざるを得ません。人をいじめる子は「誰かに無条件に愛されている」
という実感が得られていないのではないでしょうか。


 人をいじめる子が人をいじめる時、その子は自分が不幸だと叫んでいます。
だってそうでしょう?無条件に愛されることによって心が満たされていれば
誰かをいじめたりする必要がないというか、そんなことをする気になれない。
むしろ、無意識の内に、その愛を、その幸せを、周囲にまき散らすような
人になるはずです。


 しかし、そのような幸せに見える子は、幸せでない子にとって、目障りだし、
妬みの対象として、恰好の標的になってしまう可能性も考えられます。
家庭や学校は、人をいじめる子を罰するのではなく、その子の心に寄り添い、
満たされない理由を見つけてあげる必要があるかもしれません。


なぜ、頭のいい子に限って、家ではダラダラ・ユルユルか?

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継続は力なり

 昨日(2015/10/17)は、勤務先の行事で品川に行ってきました。
 私は普段、つくばみらい市に通勤している関係で、都心に行く
機会が少ないので、こんな時は、必ずBOOKOFF 秋葉原駅前店へ
行きます。昨日は『30日で人生を変える「続ける」習慣』をGet!


 継続するためには、何といっても、継続したいことを習慣にする!
 習慣にすることで、効果は「福利」で伸びていく。イチローさんの
「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところに到達するただ
1つの道」というコメントも紹介されています。


 そして、習慣にするために必要なことは、シンプルにすること、
結果より行動に集中すること、ベビーステップで始めることが、
重要です。例えば掃除の習慣なら、キレイな部屋を目指すのではなく、
15分だけ片づけることを目標に設定すると一歩が踏み出しやすくなり、
3日、1週間、3週間と続いて、気がつくと苦手意識がなくなります。


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学校って何だろう?

 学校の目的は、子供の社会性を育てることですよね。
 なぜ、子供の社会性を育てなければならないかというと、私たちが住む社会を、誰もが住みやすい社会にするためです。
 そこには、利益を再配分するための仕組みなどが必要で、人々には、そのような仕組みを支える構成員になることが求められます。


 にも関わらず、中には、個人の利益を最大化するために、その学力を磨いている磨いているように見える子供もいるような気がしますし、今を刹那的に欲望を満たすだけのために生きているように見える子供たちもいるような気がします。
 なぜ、そのようになってしまうのでしょうか?
 原因は、親や先生が、学校の目的を上手く説明できていないような気がするのです。


 やはり、昔の村社会のように、小さなコミュニティで暮らしていた時代や、ほとんどの人々の暮らしが日本の中のことだけを考えていれば完結していた社会から、グローバル化やIT化が加速することで社会の仕組みが複雑になり、その複雑な社会の仕組みを子供たちに社会の理解させることが難しくなっているからかもしれません。
 私も例外ではないのですが、大人も社会の仕組みを説明できるほど理解していないのでしょう。


 具体的にどうすればよいのか、提案できる段階ではないのですが、道徳的な身の回りを例にとった善悪を見極める教育だけではなくて、もっとマクロ的に教養的な部分を基礎知識として身に着けるカリキュラムとテストが必要なのではないかと思います。
 道徳や教養に正誤を設け、それをテストするとなると、意見が分かれる部分だと思いますが、もう、猶予はないような気もします。


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「的を得る」でも「的を射る」でも、どちらでも間違いではない?

「的を得る」でも「的を射る」でも、どちらでも間違いではない?
「一生懸命」と「一所懸命」はどちらでも良い?
「世論」を「よろん」でも「せろん」でも構わない?
言葉は、時代の変化によって変わるものなので、言いたいことが
聞いている人に伝われば、良いのではないか?とも思うのですが、
少なくとも、言いたいことがある人が、相手に、自分の意思を
的確に伝え、考えを修正したり、行動を起こしてもらったり、
することが目的であるならば、少なくともその時点で、より正しい
と思われる使い方をした方が良いと思います。なぜならば、言葉は
その人の知性を表し、知性を持つ人ほど、人の影響を与える力が
強い可能性が高いと考えられるからです。

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