ディフェンスラインを上げろ! @ 作業興奮だ!

ディフェンスラインを上げろ!というタイトルですが、このブログのテーマは、サッカーではありません。私がディフェンスラインを上げろ!と言っているのは、個人や組織の能力の底上げを意味しています。天才ならともかく、凡人は、特定の能力を高めるよりも、汎用性の高い能力の底上げが大切です。この考え方は、私たち一人ひとりの人生にも、組織の運営にも、必要な意識をもたらすものだと信じています。

心が変われば人生が変わる!?

心が変われば行動が変わる/行動が変われば習慣が変わる
/習慣が変われば人格が変わる/人格が変われば運命が変わる
/運命が変われば人生が変わる
   フレデリック・アミエル(スイス)


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孤独の価値

 森さんご自身が専門家でもないし、研究をしたわけでもない。と仰っている通り、掘り下げに方に物足らなさもあるが、だからこそ統計的な結果よりも正しい真実があるように感じるのは私だけだろうか?

 他人が押し付けてくる価値観に惑わされず、自分の価値観で行動せよ!という励ましは。先日読んだ『嫌われる勇気』『ゼロ』に相通じるところもある。一方、孤独を楽しみ、社会と協調するためには、他者に理解される広いコミュニケーションが必要だという指摘も忘れていない。

本が好き!に参加するようになって、職場の同僚ではなく、このコミュニティで知合いになった皆さんと話してみたいなぁ~と思うようになりました。自分と同じことに興味を持っている人が少ない環境って、もしかしたら孤独なのかもしれませんね…


 森博嗣先生の論点とは異なるが、人は一人では生きられず、相互に依存しなければ繁栄できない。それは、衣食住のように物理的な部分でもそうであるし、生きている意味を求める心の部分でも同様であろう。


 私たちは、生きるために他者の承認が必要であり、それを既に獲得し、その先にある何かを求めている森博嗣先生は、そのレベルの課題を提示しているのだろう。


 「一般の人は自分の存在価値を認めてくれる他者を求め(自覚はないかもしれないが)彷徨っている」というのが実態であり、自分の存在を示すためにモノに頼ったりするのである。



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臨機応答・変問自在〈2〉

臨機応答・変問自在〈2〉 (集英社新書)
臨機応答・変問自在〈2〉 (集英社新書)
著者:森 博嗣
出版社:集英社
カテゴリー:本

 質問をする側に「森さんらしい回答を得よう」という意図が感じられない質問ほど、結果的に森さんならではの切れ味のある回答が得られていて面白い。


 前作は、学生からの質問と森さんの回答をまとめたものだったが、〈2〉は、一般に公募した質問に回答したもの。学生がらの質問は、その評価方法に対する不満が噴出しているかのようなものや、大学生ってこんなに幼稚なの?と思ってしまうような質問が少なくなかったが、一般からの質問も負けず劣らず〈珍〉である。学生の質問の中には、森さんが「いい質問」と評するものも紛れていたが、一般からの質問に対しては、このフレーズが出てこなかった。


 編集者の方は、ランダムな質疑応答を、まるで物語のような起伏のあるものに仕上げるために、構成を決める時、相当苦労したに違いない。終わりが近づくにつれ、森さんらしい科学的な裏付けを持つ、哲学的とも言える回答に変容していく過程が楽しめる。前作を読み始めた時は、まとめ買いしたことを悔やんだが、それを覆して余りある知恵を貰った気がする。でも、読む人によって得るものの価値は大きく違うだろうなぁ~。森さんではないが、読まなくてもいいと言われても読みたくなってしまうような、何らかの拠り所を見つけたい人にたけ薦めたい。


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臨機応答・変問自在

臨機応答・変問自在―森助教授VS理系大学生 (集英社新書)/集英社

¥734
Amazon.co.jp


 森さんが助教授だった頃、学生を彼らからの質問で評価していたらしい、とても難しそうだし、大変そうだ。そのような配慮にどれぐらい手間がかかり、どれぐらい効果が得らたのか、そっちの方も気になる。


 確かに「試験で学生を評価する」という当たり前の方法は「学んだことを憶えているか否か」ということは確認できても、学生たちが社会に出てから出会う「自ら課題を発見する能力」を問うことはできないかもしれない。森博嗣さんはあえて面倒な方法をとることによって、学生たちに「本当に求められる能力とは」という問いを投げかけたのかもしれない。


 世の中の仕事も、生活して行くことも、人生とは、無数の選択肢から、自分がやりたいこと、やらなければならないこと、できることを選択し、それを実行していくという積み重ねだと思う。森博嗣さんは、生き抜くための力を持っているか否かを評価するべきだ。と思っていたのかもしれない。


 この本は、その質問と森さんの回答をまとめたもの。この評価方法に対する不満が噴出しているかのような質問や、大学生ってこんなに幼稚なの?と思ってしまうような質問が少なくない中で、森博嗣さんが「いい質問」と評するものも紛れていて面白い。特に最終章の「森自身に対する質問」の冒頭「教師が学生に関心を持たれることは重要かもしれない…教師は自分を演出しなければならない…」という記述があり、他人の評価を気にしていないはずの森さんのもう一つの側面が現れていて興味深い。


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なぜ、頭のいい子に限って、家ではダラダラ・ユルユルか?

PRESIDENT Online スペシャル
著者 千葉大学教育学部附属小学校教諭・松尾 英明氏より抜粋
…前略…
(3)中高生でも「大好きだよ」とぎゅっと抱きしめる
親の側にも絶対必要なメッセージがあります。それが「大好きだよ」です。
先の「抱っこ」と合わせて、ぎゅっと抱きしめて言えたら、効果倍増です。
真面目にやるのが照れくさいなら、ちょっとふざけながらでもいいです。
幼児や小学生だけでなく、中学生でも、何なら高校生でもやるとよいでしょう。
…中略…
 中高生にもなれば、塾に部活にと忙しくなり、子どもが家にいる時間は
急激に減ります。我が家がリラックスの場でなくなれば、寄りつかなく
なります。代わりに外の刺激を求めて、外泊するようにもなるかもしれません。
温かく、ゆったりとした空気が流れる我が家、自分を受け容れてくれる
我が家であれば、自然に帰ってきたくなります。 
…後略…


 いじめが原因である可能性が考えられる中高生の自殺が後を絶ちません…
誤解を恐れずに言えば、私は「人をいじめる子は幸せではない」のだと
思わざるを得ません。人をいじめる子は「誰かに無条件に愛されている」
という実感が得られていないのではないでしょうか。


 人をいじめる子が人をいじめる時、その子は自分が不幸だと叫んでいます。
だってそうでしょう?無条件に愛されることによって心が満たされていれば
誰かをいじめたりする必要がないというか、そんなことをする気になれない。
むしろ、無意識の内に、その愛を、その幸せを、周囲にまき散らすような
人になるはずです。


 しかし、そのような幸せに見える子は、幸せでない子にとって、目障りだし、
妬みの対象として、恰好の標的になってしまう可能性も考えられます。
家庭や学校は、人をいじめる子を罰するのではなく、その子の心に寄り添い、
満たされない理由を見つけてあげる必要があるかもしれません。


なぜ、頭のいい子に限って、家ではダラダラ・ユルユルか?

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