ディフェンスラインを上げろ! @ 作業興奮だ!

ディフェンスラインを上げろ!というタイトルですが、このブログのテーマは、サッカーではありません。私がディフェンスラインを上げろ!と言っているのは、個人や組織の能力の底上げを意味しています。天才ならともかく、凡人は、特定の能力を高めるよりも、汎用性の高い能力の底上げが大切です。この考え方は、私たち一人ひとりの人生にも、組織の運営にも、必要な意識をもたらすものだと信じています。

もうすぐ1歳!?

Belleが我が家にやってきたのは、2016年の5月30日、動物病院の先生によると、
1ヵ月半ぐらい!?とのことでしたので、もうすぐ1歳になります。
でも、その体重は、歴代のネコたちを凌ぐ6kg越え!?
もうすっかり、たくましい♂ネコです。前脚が太くって、ネコパンチ
(実際にはネコひっかき)のパワーも半端ないです。


にほんブログ村 料理ブログへ にほんブログ村 料理ブログ 食の安全・食の基礎知識(料理)へ にほんブログ村 猫ブログへ にほんブログ村 猫ブログ MIX縞猫へ にほんブログ村 教育ブログへ にほんブログ村 教育ブログ 生涯学習・教育へ

 気を整えて夢をかなえるリセット整理術


 気を整えて夢をかなえるリセット整理術の肝は、整理術ではなくて、自分の(社会に対する)役割を明確にすることでした^^;そう言われてみると、整理ができない人は、自分の役割が不明確な人なのかもしれませんね。

 「気」だとか「風水」だとか、今まで読んできた苫米地さんの本とは毛並みが違う表現でしたが、根本橘夫さんと、岸見一郎さんの本と並行して読んだせいか、夢を持つことの大切さがスーッと滑らかに心に沁み込んできました。「夢は大きい方がエネルギーも大きくなる!」など、いつもの苫米地さんらしい、ぶっ飛んだ言葉も、自分の無価値感が生み出された要因を知った上で読むと、妙に説得力があり「モノには、あなたが与えた情報があり、良い情報であれば、あなたにパワーと与え、悪い情報であれば、パワーと奪う。」という話を信じたいと思います。

 自分の可能性を引き出すには、人に与えられた夢ではなく、(子供がゲームに没頭するように)寝る時間も惜しんでやりたくなるような夢でなければなりません。私も含めて多くの大人は、そんな夢を叶うはずがないと、今はそれよりも、やらなければならないことがあると、若い頃に捨ててしまったのではないでしょうか?

 >あなた自身の「役割」が明確に決まっていれば、あなたの心は「良い気」満たされています。ただし、他人から押し付けられた役割ではダメ。自分が「こういう人間になりたい」という夢や願望から必然的に生まれたものでなければ意味がありません…苫米地さんは、自分の役割が決まれば、自然にモノの役割も決まり、必要なモノと必要ではないモノも明確になり、必要なモノの置く場所や置き方も定まる。と仰ってます。

 >夢を設定して、「なりたい自分」に沿った部屋にすれば、実際に夢がかかってしまいます…苫米地さんは、自分の役割を設定すれば、部屋とモノの役割が決まり、整理された部屋からは、夢を叶えるための力が得られると言います。だとしたら、部屋を整理することは、夢を叶えるための近道ですよね。


 にほんブログ村 料理ブログへ にほんブログ村 料理ブログ 食の安全・食の基礎知識(料理)へ にほんブログ村 猫ブログへ 

 にほんブログ村 猫ブログ MIX縞猫へ にほんブログ村 教育ブログへ にほんブログ村 教育ブログ 生涯学習・教育へ

A LIFE~愛しき人~

A LIFE〜愛しき人〜 DVD-BOX
A LIFE〜愛しき人〜 DVD-BOX
TCエンタテインメント
2017-07-26
DVD

 A LIFE~愛しき人~ 終わっちゃいました…


 まあ、確かに、心臓血管と小児外科が専門の職人外科医が、
 日本屈指の脳外科医である壮大を差し置いて、壮大の妻となった
 深冬の脳腫瘍を摘出する手術に挑むというのは、Dr.コトー診療所を
 悠々と超えるファンタジーだ…


 でも、それを差し引けるのなら、このドラマは、珍しく人が描けていた。
 自分の夢を叶えられないもの、他者の夢を叶えるもの、プレッシャーの中で、
 自分を夢を昇華して行くもの、押しつぶされて壊れて行くもの、
 裏切られて逃避して行くもの、保身のために他者のみならず自分を欺く者…


 でも、そこには、人を欺くことよりも自分自身を欺くことが、
 最も大切なものを失うことに繋がることが示されており、
 大切なものを守るということは、人を信じること、そして誰よりも、
 自分を信じることだということが描かれていた。


 にほんブログ村 料理ブログへ にほんブログ村 料理ブログ 食の安全・食の基礎知識(料理)へ にほんブログ村 猫ブログへ 

 にほんブログ村 猫ブログ MIX縞猫へ にほんブログ村 教育ブログへ にほんブログ村 教育ブログ 生涯学習・教育へ

 幸せになる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII
幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII
ダイヤモンド社

 読み進めるに従って「哲人の言葉に自尊心を抉られ、罵声を浴びせることで応戦しようとする青年の姿が、徐々に自分自身と重なってくる」という苦しさを感じました。20代だった頃、岸田秀さんと伊丹十三さんの対談『哺育器の中の大人』を読んだときにも感じたような、真の自分を客観的に見ることの辛さです。それは、嫌われる勇気よりも勇気のいることです。しかし、そのプロセスを経ず、自分を信頼できるようになることはありませんし、自分を信頼できない者は、他者を信頼して「私たち」を主語に愛の課題に踏み出すことも出来ないのです。


 この本を読むと、否が応でも、58歳にもなった自分の中に、まだ自立しきれていない幼児が隠れている(たぶん他の人からは丸見え@_@;)ことを思い知らされます。表面的には自分より恵まれているように見える人に嫉妬し、持っている宝物の輝きに気がつかない自分がいます。先ず、その宝物の汚れを拭わないと…


 些細な部分を指摘する方もいますが、この本が与えてくれる果実を得るためには、この本を道具として使い、真の自分と対峙することが必要なのだと思いますので、価値を感じられた人は、『真の自分と対峙する勇気』を持てた人、些細な部分が気になった人は、『真の自分と対峙する勇気』を持てなかった人なのではないでしょうか?


 久しぶりにスティーブン・R・コヴィー博士の『7つの習慣』を手に取ったら、岸見一郎先生が紹介してくださっている『アドラー心理学』と同じことが書いてありました。7つの習慣のインサイド・アウト(内から外へ)という考え方は、まさに、自分から始めるという考え方と一致していますものね。


 幸せになるためには、相手を信じ、私たちを主語に語れるようになる必要があります。相手を信じるということは、とりもなおさず、自分自身の誠を信じることです。いきなり相手を信じることは、とても怖いけど、先ず自分自身の誠を信じるということであれば、とても重くて痛いかもしれないし、楽になることとはまた違うかもしれないけれども、手の届く範囲にあることなのかもしれません。私にも掴めそうです。


 学級の主権は、生徒たちという国民にある、という定義には、説得力がありました。学級は、様々な環境で育ち、価値観の異なる子供たちが集まっているので、彼らの自立を支援する役割を担わなければならない教師という仕事は、本当に難しいでしょうね。きっと、叱ったり褒めたりすることで、独裁者のように振舞う方法では、個々の生徒を短期的に導くことはできても、学級を継続的に導くことはできないのかもしれませんね。


 岸見先生が仰るように、教師が生徒を叱ったり褒めたりするときは、「少なからず生徒の行動を自分の支配下に置きたい」という気持ちがあるのではないかと思います。言い方を変えると、「私の価値観に照し合せると、君の行動は〇〇である。」と評価し、その価値観を押し付けようとしているわけです。岸見先生が仰っているのは、「自分の価値観を押し付けるのではなく、相手の価値観に寄り添い、自分の価値観と照らし合わせて、お互いに共感できる点を見つけて行きなさい。」ということだと捉えています。



にほんブログ村 料理ブログへ にほんブログ村 料理ブログ 食の安全・食の基礎知識(料理)へ にほんブログ村 猫ブログへ にほんブログ村 猫ブログ MIX縞猫へ にほんブログ村 教育ブログへ にほんブログ村 教育ブログ 生涯学習・教育へ

 「満たされない心」の心理学 (新書y)

「満たされない心」の心理学 (新書y)
「満たされない心」の心理学 (新書y)
洋泉社

 2017年3月18日
 「自分には価値がない」の心理学を手に入れたことを切っ掛けに再読した「満たされない心」の心理学でした。誰にでもすすめられる本ではありませんが、’10/10/5に読み終えた時より、今の自分に無くてはならない内容でした。


 世の中はアドラーブームですが、もう少し自分を客観的に見て、何とか立直る切っ掛けを得たいと思っている人には、根本橘夫先生の本がオススメです。私も2冊目なので、偉そうなことは言えませんが、構成がとても良いので、読む歳によって、得るものが違います。


 アドラー心理学は「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」としていますが、この本を読んで「私の悩みは、自分自身を信頼できていないこと」に起因していると確信しました。この時期に再読してかったと思える内容でした。


 自分を信頼できなくなってしまった理由は、私が「にせ自己」と「真の自己」に分離したためです。その原因は、私が、まだ若い時に自分の可能性を見切り「真の自己」の夢を捨て「にせ自己」で社会と接してきたことによる報いだと思われます。もしかしたら、心が折れてしまう人たちは、社会に適合するために、自分を押し殺しているのかもしれませんね。それに気づいたことで、立直ることが出来るかな。


 多くの方は、「にせ自己」と「真の自己」を巧みに使い分け、社会と自己に適合しているように見えますが、世の中に生き辛さを感じている人は、社会に適合しようとする「にせ自己」と素直な自分である「真の自己」とに引き裂かれているのではないでしょうか?そして、そのような人は、適合しているように見える人の自己欺瞞に敏感なのではないかと思います。


 電車の中でゲームに没頭している人を見るたびに、RPGゲームをクリアするために昼休みに攻略本を読んでいた頃(20年ぐらい前の働き盛りの頃^^;)を思い出します。あの頃、私は、目標を見失っていることを誤魔化すために、自分を成長させてはくれないけれども、刹那的に集中できることに、時間を浪費していたのだと思います。


 2010年10月05日には、こんなことを書いていました。まだまだ余裕?がありますね。


 不安は、逃げようとするほど大きくなるが、面と向かって対処すれば、小さくなる。まず、行動のリストを作り、避けられないこと、単純な行動から手をつけ、完璧を期さない。人の心は自転車のように、ある程度のスピードで走って、初めて安定する。行動しない人は、止まっている自転車と同じである。


 私達の行動は、不安を解消し、自信を持ち、勇気を出すために行われる。 行動しない人は、不安が解消されず、自信も持てない、勇気も出ないという悪循環に陥る。それを断つためには、不安を突き止め、どうすれば自信が持てるのかを考え、行動すること。


 この本を読んだ私の結論「満たされない心」から脱出する方法は「目標を立て、その達成に向けて行動を起こすこと…」そしてその目標は、他者から社会的に認められることを目指す「間接的に自己を満たすもの」ではなく「自らの自然な欲求を満たすもの」であることが望ましい。「ありがとう」のためではなく、自分が生きているという事実に感謝できるような、自分の人生に価値を見出せるものが望ましい。


にほんブログ村 料理ブログへ にほんブログ村 料理ブログ 食の安全・食の基礎知識(料理)へ にほんブログ村 猫ブログへ にほんブログ村 猫ブログ MIX縞猫へ にほんブログ村 教育ブログへ にほんブログ村 教育ブログ 生涯学習・教育へ