ディフェンスラインを上げろ! @ 作業興奮だ!

ディフェンスラインを上げろ!というタイトルですが、このブログのテーマは、サッカーではありません。私がディフェンスラインを上げろ!と言っているのは、個人や組織の能力の底上げを意味しています。天才ならともかく、凡人は、特定の能力を高めるよりも、汎用性の高い能力の底上げが大切です。この考え方は、私たち一人ひとりの人生にも、組織の運営にも、必要な意識をもたらすものだと信じています。

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

堀江貴文さんが刑を受けている間に1000冊の本を読み、
書いた『ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく』
その中に「働いていれば、ひとりにならずにすむ。誰かとつながり、
社会とつながることができる。自分が生きていることを実感し
人としての尊厳を取り戻すことができる。」という言葉がある。


仕事の意味は、色々あるだろう。生きるための糧を得るためにから、
自己実現をするためにまで、様々な理由があるだろう。
でも、本当の意味は、堀江さんのこの言葉に集約されている。
人類は、生きるために、働いてきた。身体はもちろん、心を
支えるために、誰かと繋がるために、尊厳を取り戻すために。


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ディフェンスラインを上げろ!

私は、ことし58歳になりました。
定年まで、後2年しかなくなりました。
そんな焦りを感じる一方で、徐々に意欲を失いつつある自分を感じます。


この歳になって、遅ればせながら気が付いたことがあります。私たちが、
何故勉強しなければならないか、経験を積まなければならないかについてです。


人が、何か始めようとするとき、自分がやりたい!という気持ちが大切です。
しかし、それだけでは中々始めることは出来ません。
そこには、やらなければならない!という緊迫感と、誰かの期待が必要です。
そうです。何かを始める時は、その人に、それをやり遂げられるという
可能性が必要なのです。


その可能性を培うのが、勉強や経験です。何かをやりたくなったとき、
それを始めるためには、それを始められるだけの基礎が必要なのです。


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誰もがハンディを抱えている

24時間テレビを見ています…
ハンディを抱えながら頑張っている人に、勇気を貰っています。
でも、一見ハンディを持っていないように見えても、
私たちは、誰もがハンディを抱えているのです。


ある物差しで測ったら、誰もが能力の違いを持っています。
リオオリンピックで金メダルを取った選手だって、その競技以外は
苦手で、誰かの支援なしに暮らせない人かもしれません。


だから、私たちは集団生活をして、助け合わなければならないのです。
夫々が所属する集団が、暮らしやすい組織になるように、誰かが、
ハンディを抱えていることを、ハンディを抱えていない人が補って、
全体的には何とかなるようにしなければなりません。


それができるのが人間の素晴らしさであり、人間らしさなのです。
弱い人を踏み台にして、上に登ろうとするのは、遺伝子の意思かも
しれませんが、それに従うか、人間にしかできないことをやるか、
それを選択するのは、私たち一人ひとりの意思なのです。


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絶対に諦めない(・・?

リオオリンピックが終わりました。
金メダルを取れた人、銀メダルと取れた人、銅メダルを取れた人、
メダルを取れなかった人、リオまで行って試合に出られなかった人、
リオに行く切符を手に入れられなかった人…


でも、誰もが最後まで諦めなかったのではないでしょうか?
勝つか負けるか、それは、相手との相対的な関係で決まりますが、
誰もが、自分自身との闘いには、負けなかったのではないでしょうか?


もちろん、中には、100%頑張れなかったと悔やんでいる人も
いるかもしれません。でも、100%って何パーセントでしょう?
私たちは、はたから見て、頑張るべきことだけをやっているわけでは
ありません。中には、誰かの親であったり、子供であったり、
仕事を持っていたり、精一杯打ち込めない環境にいる人もいるはずです。


みんな、その中で、100%頑張ったに違いありません。
人として、取らなければならないバランスの中で、100%頑張った!
だから、誰にも言わなくてもいいから、自分の首に、自分の胸に、
目に見えない金メダルを掛けてあげてください。その金メダルを持って
噛んでみましょう。硬いですよね。その硬さがあなたの意志の硬さです。


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子供たちに見せなければならないもの…

 それは、大人たちの背中です…
 子供の目は節穴ではありません。
 大人がどんなに偉そうなことを言ったって、
 その大人の本質なんて、とっくの昔に見抜いています。
 
 言っていることと、やっていることギャップなんて、
 とっくの昔に知っているのです。
 だから偉そうなことを言えば言う程、言っていることと、
 やっていることのギャップが広がって、信用を失います。
 だから、本当の教育とは、自分の生きざまを見せるしかないのです。
 
 仕事から帰ってきて、ビールを飲んで寝っ転がって
 ナイターを観ているだけのように見えるお父さんだって、
 会社では、上司から叱られ、お客様から叱られ、そんな中で
 何とか成果を出そうと懸命に働いているのかもしれません。
 だとしたら、家で勉強している姿を見せるのです。


 IT化に飲み込まれて、今更パソコンを習う姿、
 グローバル化に備えて、止む無く英語を勉強している姿、
 独立に向けて、会計を学ぶ姿、
 
 親が懸命に働いて、何とか現状を維持しようと、
 明日を今日より良くしようと頑張っていれば、
 それは絶対に子供に伝わるはずです。
 だから、子供に見せなければならないものは、
 私たちが懸命に頑張る背中だけなのです。


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