ディフェンスラインを上げろ! @ 作業興奮だ!

ディフェンスラインを上げろ!というタイトルですが、このブログのテーマは、サッカーではありません。私がディフェンスラインを上げろ!と言っているのは、個人や組織の能力の底上げを意味しています。天才ならともかく、凡人は、特定の能力を高めるよりも、汎用性の高い能力の底上げが大切です。この考え方は、私たち一人ひとりの人生にも、組織の運営にも、必要な意識をもたらすものだと信じています。

誰もが自分を語りたい…

今日、感じたこと…
私を含めて、誰もが自分を語りたいんだなぁ~ということ…
決して、自慢話ばかりではなく、中には自虐的なネタもあるけど、
どちらにしても、誰もが自分を語ることで、自分の位置を確認し、
安心したいのだろうなぁ~と思った。


だから、相手の立場になって、話を聞いてあげよう。
そして、自分の話も聞いてもらおう。
そして、限られた世界の中で、そこそこ上手くやってるね!と
安心しよう。


かなり上手くやっている人と比べれば、
ちょっとだけ惨めかもしれないけど、
ちょっとしくじっちゃっている人と比べれな、
まあまあましかもしれないし…


人と比べたりせず、絶対的な評価を与えれば、
誰もが自分なりに頑張っているはずだし、
誰もが自分を愛せるはずだ。


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俯瞰する力

何を始めるにしても、継続していることにしても、相乗効果を
意識しなければなりません。


私は、商品開発部門で、商品の開発からパッケージの開発に
携わった後で、品質管理部門に異動し、お客様やお得意先から
寄せられる問い合わせや苦情に対応する仕事をしています。
当然のことながら、お客様からのご指摘や、お得意先様に
接する営業の皆さんや、購買や製造部門の苦労も知っています。


どんなにカッコイイデザインでも、部品が造りにくかったり
組み立てにくかったりすると、コストが高くなってしまいます。
コストが高くなると、当然のことながらたくさん売れなくなって、
量産効果が得られなくなり、ますますコストがたかくなります。
つまり、デザインとコストは、トレードオフの関係にあります。


このように、お客様が求めていて外せない要素と、価格との
バランスをとることが、モノを造って売る会社には、必要です。
また、安く良いものが造れても、それをお客様に認知していただき、
流通に乗せて販売するためには、広告宣伝も必要です。世の中に
影響力のある人に、話題にしていただくことも効果があります。


このように、モノに限らずサービスを提供している組織には、
全体を俯瞰する力があるディレクターが求められます。
サッカーに例えれば、ピッチを俯瞰する力がある司令塔が
いる状態です。


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主人公

さだまさしさんの歌には、素晴らしい詩が多いのですけれども、
今日、取り上げたいのは、『主人公』という歌の一節
「あなたは 教えてくれた 小さな物語でも 自分の人生の中では 
 誰もみな主人公 時折思い出の中で あなたは支えてください
 私の人生の中では 私が主人公だとぉ~♪


さだまさしさんが、私たちに伝えたかった話とは違いますが、
私たちは、世界をそれそれの五感で感じ、それぞれの意識で
認識するしかありません。ですから、世の中に客観的な事実は、
ありません。多くの方が感じ、主観的に認識したことを集めて、
客観的な事実だとしているだけです。


天動説だって、多くの方が信じていた時代では、客観的な事実と
思われていたわけです。


私たちは、それぞれの小さな物語の中では主人公ですが、
相手の小さな物語の中では、脇役です。もちろん脇役の中には、
主人公の成長譚に影響する助演男優賞(女優賞)に値するような
重要な役割もありますし、エキストラのような役もあるでしょう。


きっと、相手の物語の中で、助演男優賞(助演女優賞)を取れる
そんな俳優さんが、自分の物語というカメラから見た時も、
良い演技をしていて、多くの観客を感動させ、観客の行動を
変容させることができるのではないかと思います。


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未来を拓く

人は、未来が閉ざされたと感じた時、希望を失うのではないでしょうか?
若い頃は、希望を持って突き進んでいる者も、ただ何となく生きている者も、
誰もが、明確な未来が見えないものです。しかし、人生の曲がり角を越えると、
次第に自分の未来が見え、可能性が閉じて行くことを認識することがあるのです。


そんな未来が見えなくなった時、うずくまってしまう人もいるでしょう。
目先のことに集中して、見えないという事実から目を逸らす人もいるでしょう。
目を逸らす人よりも、どちらかというと、うずくまってしまう人の方が問題です。
誰もがいずれ迎える日に向かって、一人残らず進まなければならないからです。


自分の未来を自分で閉ざしてしまうことも、その人の自由なのかもしれません。
しかし、幸い日本では、様々な選択肢を選ぶ余地が残されているのです。
今まで自分がこだわって来た何か、その何か以外にも、未来が閉じて行くことを
忘れるほど、自分を突き動かしてくれることがあるかもしれません。


今まで自分が必要としていた何か、その何か以外にも、もっと自分が求めていた
モノやコト、そして人が現れるかもしれません。承認されたいという欲求から
解放され、自分を自分自身で認めてあげられるようになることで、未来を拓く
ことができるのです。閉ざされたように見えた、未来が開けて行くのです。


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しくじり先生

2016年8月29日の「しくじり先生」に、下ネタと詩吟を融合した
「エロ詩吟」(・・? ネタで大ブレイクした天津木村が登場。


〔2008年「エロ詩吟」ネタが注目を浴び、以降「消えた芸人」になった、
 天津木村が、安易に下ネタに手を出したために(過激なネタに
 走りすぎたせいで女性やファミリー層から嫌われてしまい、仕事が
 激減してしまったしくじり先生)として教壇に立つ。〕


自分(が受ける)のことしか考えていなかった天津木村が、
そのような生き方の代償を思い知ったことを語ったわけですが、
自分のことしか考えず行動してしまう、ということは、
大なり小なり、誰にでもあることですよね。


でも、そんな時、私たちは、陰で傷ついている、陰で私たちを
支えてくれている、人たちのことを忘れてしまいがちです。
陰で私たちを支えてくれている人たちは、私たちが幸せなら
それでいい、と犠牲的な気持ちで耐えてくれているのかも…


私たちは、自分と他人の違いに気が付きにくいものですけれども、
愛される人たちは、常に自分のことだけではなく、自分を支えて
くれている人たちの献身に気が付き、感謝できる人なのかも…
その違いに気が付ける人になりたいものですね。


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