ブッダに学び、解脱を目指す。

「ディフェンスラインを上げろ!」というタイトルから、「ブッダに学び、解脱を目指す。」というタイトルに変更しました。私の関心が、仕事から人生へと変わったからです。とは言っても、このブログのテーマは、仏教ではありません。自分が幸せになるために、他の人たちにも幸せになっていただくために、釈尊に始まる仏教の智慧、哲学のアプローチ、心理学の知識を学び、活用していきたいと思います。

ありのまま”の自分に気づく(読書メーターからの転載)

“ありのまま\"の自分に気づく (角川SSC新書)
“ありのまま\"の自分に気づく (角川SSC新書)
KADOKAWA/角川マガジンズ

 今よりもっと〇△×になりたいという欲求こそ、苦しみの原因。いかなる喜びも確実なよりどころにはならない。諸行無常を体得するために、どんな思いが生じても、永続する実態など持たない空虚なものにすぎないと執着を離れる。

 小池龍之介さんは、渇愛ということばを使われる。たとえ一つの欲が満たされたとしても、その快に慣れると、もっと強い刺激を求めるようになる。拡大する欲望は永遠に満たされることがないこをとを知り、執着を捨てない限り、永遠に平静を得ることはできないのです。

 欲望を拡大する方向では、永遠に満たされることがないこをとを、知らなければなりません。執着を捨てない限り、永遠に平静を得ることはできないのです。私たちは、ありのままの自分に満足し、手に入れたモノに満足し、縁のある人との関係に満足することを学ばなければなりません。

「耐えられない」という判断をすると、それで余分に悩んでしまう。けれども、「耐えているじゃないか、耐えられるじゃないか」と考え方を変えると、「もう耐えられない」と考えたことによる心の大混乱は収まっていく。つらさが軽減されてしまう。

「これから耐えられなくなりそうだ」と考えているのであって、今はまだギリギリまで耐えているんですよね。


「生まれた者には、もれなく死がついてくる、生まれたなら、もれなく苦を受け取る、苦につかまえられ、最後には殺され、それゆえ、生まれることを喜ぶのは、愚かなこと、」元が苦であることを知れば、喜びは尊い。

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